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三条大橋の擬宝珠

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1864年6月5日、池田屋事件の時の刀傷が今も残る
といわれている三条大橋の擬宝珠です。

※歴史的な裏付けはないそうですが、とても有名です。

擬宝珠の一部は昭和25年に新造されておりますが、
当時のものをそのまま利用したものも残っています。

事件のあった旅館の池田屋は、150mほどはなれており、
現在は石碑が残っているだけとなっています。

上の写真ではわかりにくいかもしれませんが、
右の汚れているところに刀傷が2本あり、
そのほかにも傷がちらほら見受けられ、
左の部分には文字が刻まれています。

東海道五十三次の西の起点としても三条大橋には、
様々な歴史が刻まれた場所として必見です。

京都印刷発祥の地

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京都市営地下鉄の烏丸御池駅にある高さ1.8mほどの石碑です。

活字を使った活版印刷技術は幕末に長崎にひろまり、実用化されました。

関西では大阪に伝わり、1870(明治3)年に古川穂次郎が
京都烏丸通りに點林堂(てんりんどう)を開業したそうです。

その後、まわりに多数の印刷所が開設されたとのことで
1893(明治26)年に京都印刷業組合が設立されて120周年の記念に建てられたようです。

称副寺

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崇徳山称副寺で、京都府京都市上京区千本通にあるお寺です。

寺院が山の中に建てられたことから、その山の名前を寺院の
名前の前につけるようになったそうで、
日本でも禅宗が紹介されて以降、広がったとのことです。

建物と建物の間に門が立っているのですが、
正面に階段があり、奥行きを感じさせます。

大幸寺

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北野白梅町駅から徒歩15分(1.2km)のところにある 大幸寺では江戸時代から、
新そばの出回るころになると仏事として
お寺の方総出で檀家の方にそばをふるまったそうです。

代々の住職は寺秘伝のそばを振る舞うことによって
邪気を払って無病息災を祈ったらしく、住職はみなそば打ち名人だそうです。

境内にある地蔵尊は通称、そば地蔵とよばれ、
一度も種をまいたことがないのに
その周りには蕎麦の花が咲くそうです。

このご時世でもありますので、無病息災の為にそばを食べてみたいものですね。

浄福寺通り

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浄福寺通は京都市の南北の通りの一つです。

カフェや店舗などもあり、整備されていて歩きやすい通りです。
近くには雨宝院や本隆寺などもあり、土日は人でにぎやかになります。

江戸時代には二条城の北西側に京都所司代下屋敷があったそうで、
浄福寺通は下立売通で終わっていましたが、
明治を迎え、京都所司代下屋敷が取り壊された後に、竹屋町通まで通が伸びたそうです。

通りの名前の由来の浄福寺は一条にありますので、
そちらの方も時間がある際には見に行ってみてくださいね。

 

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