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間部詮勝寓居跡

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京都市役所の横にある石碑です。

市役所が建替えられ、こちらの石碑のまわりも
整備され綺麗になりました。

越前鯖江藩主であり、寺社奉行・大坂城代・京都所司代を
歴任して老中となった方で、安政5年9月に、
政府が調印した日米修好通商条約に激怒した
孝明天皇を説得するため上京した際に滞在した
妙満寺の跡を示すものだそうです。

こちらにもお寺があったんですね。

首途八幡宮

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こちらには、かつて金売吉次の屋敷があったと伝えられています。
お社は御所の大内裏の北東(鬼門)に位置することから、
御所を守る王城鎮護のお社として重んじられていたそうです。

西陣五水(上京区西陣付近の5ヶ所の名水です)の一つ「桜井」は、
首途八幡宮の社務所内にあったと伝えられ、 現在はこのすぐ北隣にある桜井公園に模造されています。
写真をとったこの日も社務所内ではお茶会が行われておりました。
名水ですので、きっと格別においしいのだと思います。

手水舎には鳩が水を出しており、あまり見ないデザインですが、
鳩は八幡神の神使いだそうで、八幡神社には鳩がそのシンボルマークとして、あちこちに飾られています。

源義経が奥州平泉に赴くに際し、道中の安全を祈願して出立をした場所だそうです。
「首途」=「出発」の意味ということで旅立ちや旅行の安全の
信仰の対象として今も地元の方から親しまれています。

鯖街道口

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出町橋の西詰北側にこちらの石標が立てられています。

京都と若狭湾を結び、主に魚の輸送路となっており、なかでも鯖が多く運ばれたことから
「鯖街道」と呼ばれるようになりました。この石標は鯖街道の起点を示すものです。

「鯖街道」は若狭国(現在の福井県)の小浜藩領内と
京都を結ぶ街道の総称で、今の国道27号や367号におおむね相当するそうです。

当時は約80kmの道のりを運び手が輸送していました。
若狭湾から水揚げされ塩づけされた鯖が、一昼夜かけて運ばれ京都に
着くころにちょうど良い塩加減になります。

冬の方が寒さで身がしまり、美味しかったそうですが、
冬は峠越えが厳しく峠越えの最中に命を落とす方もいたそうで
過酷な道のりだったことを想像します。

国道367号沿線等には鯖寿司関連のお店が多く存在しており、
鯖寿司の有名店が軒をそろえています。

京都に来た時には、ぜひ鯖寿司もご賞味ください。

廣野了頓邸跡

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三条衣棚通りを下がったところに
「廣野了頓(ひろのりょうとん)邸跡」の碑があります。
安土桃山時代の著名な茶人、廣野了頓の屋敷があった場所です。

かつて、このあたりでは清水が湧いていたらしく
民家の裏には「了頓井」という井戸もありました。

廣野家は足利家の従臣で
義晴、義輝の時代にこの地を領有していました。
その末裔である廣野了頓は
ここに茶亭を構えて茶道を広めたそうです。

当時、豊臣秀吉や徳川家康も了頓邸を訪れて
お茶を楽しんだそうですよ。

菁々塾跡

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「菁々塾跡(せいせいじゅくあと)」という石碑が
高倉錦小路にあります。

菁々塾とは、幕末から明治の頃
西谷淇水(にしたに きすい)という寺子屋経営者が立てた私塾です。

菁々塾はその後「菁々堂」、「私立菁々校」と名前を変えて
私立学校として続きましたが、
昭和の始めに廃校になったと言われています。

知名度はとても低い西谷淇水ですが
京都の番組小学校という、日本最初の小学校を開設し
四番組小学校(現在の高倉小学校)の教員を務めたなど
京都の初等教育の基礎を作った、密かに偉大な人物です。

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